2013.07.01
赤いスピンと黒いスピン
本についている栞(しおり)として挟むひものことを、スピンという。
彼にそう教えてもらった。
私と彼は同じ本を読む。
その本には赤と黒の、二つのスピンがついていた。
私が赤のスピンを使い、彼は黒のスピンを使う。
先に私が少し読んで赤いスピンを挟むと、後から彼が同じくらいのところまで読んで、黒いスピンを挟む。
そして、読んだところについて、少しずつ話をした。
本を読み進める途中、私は卵巣がんで入院して、そのまま病院で死んでしまう。
がんが発見されて子供が産めないとわかったとき、彼は、子供が産めなくても私さえいてくれればいい、と言ってくれた。
しかし、私は病に負けて死んでしまう。
私さえも、いなくなってしまった。
私が死んでしまってから、彼は本を手にとることがなくなってしまう。
それはそうだ。
私が先に読み進めて赤のスピンを挟まないと、彼は先を読めないままなのだ。
だから私は、彼が寝静まった夜にこっそり本を開き、赤いスピンを進めた。
しばらく長い間、彼は本を手にとる事はなかったけど、ある時本を開いて、赤いスピンまで読んでない事に気がついた。
そのときは、私が進めたとは気付かずに、単純に読み進めるのを忘れたと思っているみたいだった。
このとき、彼はちゃんと赤いスピンのところまで進むと、そこで読むのを止めて黒いスピンを挟んだ。
私はもういないのに。
そこで止めてしまったら、永遠に進めないじゃない。
また少ししてから、私は赤いスピンを進めた。
次に彼が本を手に取り、赤いスピンが進んでることに気がつくと、監視カメラを探すみたいにあたりをきょろきょろと見回した。
その姿がちょっと、かわいかった。
それでも彼は、きちんと赤いスピンのところまで読んでくれた。
そうやって、私が赤いスピンを進めることで、彼は最後まで本を読む事ができた。
本を読み終えた彼は、しばらく椅子に座って泣いていた。
長い間、涙が途切れなかった。
「いるのか?」と、小さい声で言った。
誰もいない部屋に、その声は響いた。
いるよ、と私は聞こえるはずのない声で言った。
でも、もういくね。
これで、あなたは好きなだけ本を読める。
何年先になるかわからないけれど、あなたがこっちに来たら、その本がどんな話だったか教えてもらおう。
だって私はまだ、その本の結末を知らないんだもの。
(終)