2013.10.07
駄菓子屋のわたし
私はまず、五円で買える球体のチョコレートを選ぶ。チョコレートの包み紙には青い水色と赤い茶色の二種類があって、私はそれを五個ずつカゴに入れる。カゴといってもスーパーなんかに置いてあるちゃんとしたでかいやつじゃなくて、小さくてピンクとか黄色とかかわいい色をしたかわいいカゴ。今日はピンクを選んだ。
私はこの五円の球体チョコ(と呼んでいる)が大好きで、いつも最低でも四個は買ってしまう。包みの色が二種類あってバランスをとろうとするとどうしても偶数になる。いつかは赤だけ十個! とか青だけ二十個! とか買ってみたいけど、勇気ときっかけがない。今回も、右に同じ。また今度、と毎回思う。
残りはあと百五十円。誰かが焦らせているわけでもないのに、勝手に心が急ぐ。次に選ぶのは、四角くて透明なプラスチックに入ってる三十円で二つ入りのすもも。不揃いなすももがルビーみたいな(ルビーなんて見たことないけど)赤い液体に沈んでいる。手にとるとたぷたぷと中のすももが揺れて動く。意識するよりも先に体が味を想像して、口の中がすっぱくなる。何個か置いてあるなかで、すももの形が一番良いモノを選ぶ。手前から三番目に置いてある、これだ。それぞれのすももの形がいいし、二つのバランスもなかなか。カゴに入れると球体チョコとは違い、確かな重みを感じる。これこれ、と思う。
残りは百二十円。次に、カラフルに透き通った十円のぷにぷにとした棒状のゼリーを二つ、カゴに入れる。棒状のゼリーはエメラルドみたいな(これも見たことはない)透き通ったグリーンと、サファイアみたいな(見たことない)深いブルーの二種類で、カゴが装飾されたみたいにきらきらと輝きだした。そしてここで、アイスクリームのケースを覗く。百円や六十円もするとても買う気にはなれないアイスの横に、ひっそりと凍ったゼリーを確認して、ガバッとガラスのドアをスライドさせる。フリーザーのノイズとともに、ひんやりとした空気。私は、りんごの形をした三十円のゼリーを一つ取り上げる。凍っていないときの透明感は消えて、白く結晶しているそれは、まるで、そう、真珠のようだった。周りから溶け始め、カチコチに固まった外側がぷにぷにしてきた頃に食べるのがいい。溶けた部分から中途半端に出て来るので、ぐにぐにとりんご部分を握りながら食べる。あんた、そんな顔で食べるんじゃありません、と母親に言われることがあるけど、きっとゴリラみたいな顔をしているのだと思う。
残りは、ええと、あれ、わからなくなった。球体チョコが五十円、すももが三十円、棒ゼリーが二十円でりんごゼリーが三十円、残りは……七十円!
後が無い。買った分だけお金が減るというのは残酷だわ。次は慎重に選ばなきゃ、そう思っていたのに、かわいいパステルカラーが並ぶモロッコヨーグルを見ると私の手は勝手に動いていた。一つ二十円という微妙な値段でいつも心を揺さぶられる。一つだと物足りない、けど二つだと四十円になってしまう。一つ買うと残り五十円、二つ買うと残り三十円。でも、二つあれば二倍楽しめる。どちらにするべきか頭が必死でイメージを膨らませているのに、体は黄色と青の二つをカゴの中に入れていた。体が言う事をきかないときは、体の言う事をきけばいいんだよ、と友達のはるなちゃんが言っていたのを思い出す。はるなちゃんありがとう。心の中でお礼を良いながら、木のスプーンを忘れずにカゴに入れる。
残り三十円。クライマックス。ここで、味をとるか量をとるか迷う。簡単な例で言うと、三十円で四枚入りのポテトフライを買うか、一つ十円のうまい棒を買うか、という感じ。
この時になると、私はいつもおしっこに行きたくなる。もじもじし始めて、なんでもいいから早く帰りたい!と思う。それでいっつも欲しくもないものを買って、後悔するのだ。(そして今日も)
たまたまぶら下がっている一枚二十円のカードが目につく。カードなんていつもなら欲しくないのに、その時は違った。カードは一枚一枚紙袋に入っていて引きちぎるタイプで、一番前にキラキラしたカードが張り付いている。その時、紙袋のカードが一枚だけ残っていた。つまり、これを買えばキラキラしたカードがもらえるのだ。自分には全く興味もないのにとりあえず貴重なものが目の前にあって手に入れることができる、という状況に体が反応し、これください、と店のおばさんに言ってしまう。
最初にカゴを渡し、ビニール袋にお菓子を詰められ、合計金額百七十円を告げられる。その後、カードを引くため二十円を払い、紙袋を引きちぎる。そして紙袋がなくなったことを告げ、キラキラのカードをくださいと言ったとき、二十円、と言われる。
私は驚いて目を丸くした。お金とるの? と聞くと、うちは消費税とってないから、その分。と言われた。ショウヒゼイ、最近よく耳にする言葉だ。確か、払うお金が増えるやつだ。ショウヒゼイのせいでカケイがヒッパクする、とテレビで言っていた。
私はあきらめて店を出た。二十円のものを十円で買う事はできない。それは当たり前のことだった。そうやって社会は成り立っているのだ。
自転車のカゴにビニール袋を入れてスタンドを上げる。残念な結果になった自分を慰めるため、何か食べようと思った。十円の青く透明な棒ゼリーがいい。サドルに座ってビニール袋の中をがさがさと探していると、紙袋に入ったままのカードが邪魔をする。平べったくて不必要に大きいカードが意地悪するみたいに私の探し物を妨害した。
私の目からはついに涙が溢れてしまう。邪魔しないでよ! と言ってカードを紙袋ごとぐしゃぐしゃに丸めて捨てる。涙は我慢していたおしっこの代わりみたいにつらつらと流れる。ふんふんという鼻声を出しながら青いゼリーを探したが、どうしても見つからない。
私はあきらめて、泣きながらペダルを漕いだ。
(終)
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