2013.12.16

よくない事が起きている

昨晩は、何の障害物もない交差点で走っていたバイクが急に転倒したのを目にしたし、今朝は駅のエスカレーターで人が倒れるのを見た。

 

よくない事が起きている。

 

よくない事が近づいてきているのだ、と草野は思った。

 

 

 

そしてまた再び、よくない事が起ころうとしている。

 

 

 

草野は図書館で、形のない時間を過ごしていた。

 

イギリス文学の棚からクマのプーさんを拾い、それを読んだり、眺めたり、本を閉じてみたりした。

 

後方の席で、パソコンのキーボードを叩く音が聞こえる。

 

パソコンを使う事は禁止されていないが、その音はとても耳についた。

 

強すぎるタッチの音が、とても不快だった。

 

早くいなくなってくれないか、そう思っていたのは草野だけでなく、その場にいた他の者も同じ考えだった。

 

そして、草野が空気の中にそれを感じた通り、よくない事が起きる。

 

 

 

誰かが、キーボードを叩く音を注意した。

 

その声は小さかったが、苛立ちと緊張で固くなり、とても目立った。

 

注意されたキーボードの男は何かを言った後、小さいナイフを取り出した。

 

草野からは見えなかったが、男が小さいナイフを取り出したのが、何故かわかった。

 

彼らの行動について空気が耳打ちしてくるみたいに、頭の中で容易くイメージすることができた。

 

 

 

草野は思う。

 

きっと次の瞬間には、誰かの血が少し流れて、誰かが大きな声を出して、空気が大きく歪むだろう。

 

自分に直接危害を加えられることはないが、とても大きなダメージを受けるだろう。

 

見えない痣が残り、それを嗅ぎ付けてまた、別のよくない事が起こるのだ。

 

願うのは、それが少しでも早く消え失せていくように、というだけだ。

 

 

 

 

誰かの叫び声が聴こえて、草野は閉じていた本をまた開いた。

 

 

 

 

(終)