2013.12.09

さゆりちゃんDVD

 熱いシャワーを浴びて火照った身体に薄くて軽いパジャマを着て、春香はソファに横たわった。

 濡れた髪が不快だったがドライヤーで乾かすのも面倒だったので、タオルで乱暴に拭くだけで済ませた。洗濯カゴへと投げたタオルは途中で速度を落とし、床にぱたりと墜落した。

 春香は投げた手をしばらくぷらぷらと宙に揺らしたあと、テーブルの上に用意した金色の星のロゴのついているビールの缶を手にとる。フタを勢い良く開けて仰向けのまま頭を上げてすすると、キラリと冷えた炭酸が喉の奥へと流れこんでくる。ごくり、と音を立てて胃の中に流れて行くのを感じると、爽快なため息を吐いた。

 吐息に混ざったホップの匂いに心の筋肉が緩んでいく。

 金曜日、仕事が終わって帰宅し、化粧も落としシャワーを浴びて「やること」がすべて終わったこの瞬間、全てから解放された気分になる。

 

 春香はもう一口ビールを飲んで、レンタルビデオ屋で借りて来たDVDをプレーヤーに入れた。

 今回借りて来たのは『Last Angel Song (天使の歌声に魅せられて)』というタイトルの映画だった。十歳の女の子に恋をしてしまった妻子持ちの中年男の苦悩と救済を描いた物語、と書いてあった気がするが、春香にとってその内容はどうでもよかった。パッケージに描かれていたヒロインの女の子に目を奪われて、勢いで借りてしまったのだ。

 中央に配置された女の子はサンタクロースみたいな赤い帽子をかぶっていて、両手を広げて降り注ぐ雪みたいな光を受け止めている。

 女の子の顔を見たとき、春香は少しドキッとした。小学校の頃の友達にそっくりだったのだ。パッケージの女の子は金色の髪でエメラルドみたいに輝いたグリーンの瞳をしていて、その子とはまったくの別人なのに春香の頭の中では同一人物として認識された。

 似ている要素など一つも無いのに、その友達の名前が自然に出てきた。

 さゆりちゃんだ、と頭の中でつぶやいた。

 再生ボタンを押し、数十分の新作情報を全て観終わったあとに、本編が始まる。しかし、何かがおかしい。洋画のはずなのに日本語のナレーションが始まり、景色も日本のどこかの街だ。春香はディスクが入っていたケースを手に取って確認するが、そこにはちゃんと「洋画 『Last Angel Song〜天使の歌声に魅せられて〜』 118分」と書かれている。

 映像をしばらく観ていると、筆で書いたような書体で『深緑のみどり、紺碧のあお』というタイトルが表示された。春香がプレイヤーからディスクを取り出して確認すると、タイトルと同じ書体で『深緑のみどり、紺碧のあお』と書かれていた。間違ったディスクが入っていたのだ。春香はディスクをテーブルの上に放ってビールを半分ほど一気に飲み、再びソファに身を投げて天井を眺めた。

 さゆりちゃん、今なにしてるかな、元気かな、と思いながら春香は思い出す。

 頭の中に浮かんできたさゆりちゃんは、金色の髪でエメラルドの瞳をしていた。





(終)