2013.08.29

磁石の二択

 直樹は机の抽き出しの中に磁石を見つけた。

 

 机は中学校入学の時に買ってもらって以来、十年近く掃除や整理整頓といったことをしてこなかった。光の届かない樹海みたいな抽き出しの奥に、ラムネ菓子みたいな形をした平べったくて丸い磁石が四枚くっついて転がっていた。

 

 いつのものだろう、直樹のか弱い記憶力ではすぐに思い出せなかった。

 きっと、中学二年か三年くらいの時のものだ。

 そうだ、理科の実験で使ったのを覚えている。

 使い終わっていらなくなったのを友達からもらったんだっけ。

 

 直樹は首を捻りながら半分思い出そうとして、半分思い出すフリをした。

 

 中学、高校、大学と長い学生生活が終わり、部屋を整理しようとして、直樹はまず机の抽き出しに目をつけた。抽き出しの中は壊れて使えないシャープペンやインクが乾いて出ないボールペンや覚えていないレシートや何故とっておいたのかわからないプリントなどでいっぱいになっていた。消しゴムのカスや紙くずや髪の毛なども溜まっていて、直樹はくじけそうになったが、なんとか抽き出しを引っ張り出して、中のものを精査し始めたのだ。

 

 磁石をかちかちと手の中で弄ぶ。

 

 懐かしいな、と懐かしさなど微塵も感じていないのに心のなかで誰かに言う。

 同じ極を反発させて透明なグミを挟んでるみたいな感触を愉しむ。

 見えない力がここにあるのだ、と頭の中で独りごちた。

 指先で奇妙なぐにぐにを感じながら記憶を辿っていると、直樹はようやく思い出す。

 途端に、思い出さなければ良かったと後悔した。

 

 中学二年の時だ。

 

 理科の実験の時、近くにいた好きな女の子の磁石に自分の磁石を近づけてくっつけていたずらをしていた。好きな人のものが無条件にくっついて来るのがたまらなく快感だったし、それを見つけたときの女の子の反応にも胸をくすぐられた。しかし、磁石はいつもくっつくわけではなく、ある時は反発して離れていった。確率は二分の一だった。ちょっと寄ってこないでよ、と言わんばかりの俊敏な動きで逃げていくのはひどく虚しかった。結局、彼女には卒業する時に告白をするのだが、さらりとフラレてしまうのだ。

 確かこの磁石はその子からもらったはずだけど、どうやってもらったのか思い出せない。盗んだのだろうか、それもあり得る。直樹は当時のことを鮮明に思い出しそうになって、磁石を乱暴にぐにぐにして気を散らせた。

 磁石と人間が違うのは、一方的に引き寄せられてしまうところだ。磁石のようにお互いが引き寄せ合うか、反発し合うかのどちらかであれば、僕のように哀しむ人間はいなくなるのではないか、と直樹は思う。

 

 テーブルの上に磁石を一枚置いて、一枚を手に持ち、そっと近づけた。

 さあどっちだ、と思う間もなく悲しい摩擦音を立てて彼女は去って行った。

 

 

 

 

(終)