2013.08.26

霧状のラブレター

 夢の中で、君を抱きしめて眠ったことを、君はいつまでも知ることはない。

 君を抱きしめてしまった僕は、そんなの反則だと思った。

 

 僕と君は一つの大きいベッドに横になっていた。正確に言うと、僕が寝ていたら君がベッドにするすると潜り込んで来た。僕は君の髪を撫でた。少し固い髪だった。君は笑いながらしゃべっていたけど、何かについて悩んでいて、僕が抱きしめて髪を撫でると、瞳のふちに涙をためて、僕を見た。その表情は、僕の普段知っている君と比べて、ずっとかわいかった。それで、君は泣き出すのだけど、結局何について悩んでいるのかはわからなくて、僕は君の頭を撫で続けた。

 君が持って来た三つのコンドームのうち一つ、封が切られて中身がなくなっていたから、ああ、きっと誰かとしてきたのだろう、と思った。別に、僕は君の恋人ではないから、そのことについてはあまり気にしなかった。でも、テーブルに置くことはないだろう。母親に見つかって僕は怒られるし、ベッドに君がいるのを知って、さらに激怒された。

 母親と口論している間も、君はベッドの中の暗闇でひそひそと泣き続けていたから、母親とのやりとりが終わった後、僕もその中に入って、もう一度君の身体をたぐり寄せて、抱きしめて、おでこに口づけをして、また髪を撫でた。

 

 手に触れた感触や、重さや、髪や、瞳が、目覚めた後も頭に残っていた。今まで見たこともない、とてもかわいい顔も、脳の表面に焼き付いていた。

 どうすればいいだろう。直接、君に言ったところで、きっと何も伝わらないだろうし、何よりも、こんなこと恥ずかしくて言えたもんじゃない。だからこうやって、手紙を書いた。いつか、どこかで、読んでくれればいいと思う。君の目に触れず、一切が霧のように消滅してしまっても、それでもいい。僕が記憶と想いを吐露したことで、世界はほんの少し変わる。本当に、ほんの少しだけ。

 この手紙を書き終えたとき、僕は考えるのを辞める。その瞬間に、これは、世界で一番短い恋になるのだと思う。

 

 

それじゃ、また。

 

 

 

 

(終)