2013.08.13

第十六話 「告白と説明」

 タンノの唐突な言葉に片桐は目を丸くした。

 片桐は何か適当な言葉を言おうとしたが、タンノの固くなった表情を見て息を飲み込んだ。

 

「すみません、自分でも正確な状況がわかっていないので、おかしい部分があるかもしれません。というより、頭がおかしくなったと思われるかもしれません。でもちょっと、聞いていてください、なるべく簡潔に話します」

 

「わかった」

 

 片桐は口をすぼめて頷いた。

 

「どこから話せばいいのかわからないのですが、さっきも言ったように、俺はこの後刺されます。誰に刺されるかは思い出せないのですが。この店を出て片桐さんと一緒にコンビニに行きます。いつものファミリーマートです。そこを出た後に刺されるんです。刃渡りの長い包丁かナイフか何かで、脇腹の、このあたりを」

 

 タンノはそう言って、腹の刺されたあたりに手を当ててみせた。痛みを思い出してしまいそうになったが、歯を強くくいしばって記憶の侵入を防いだ。

 

「なんで刺されちゃうのよ?」

 

 片桐の問いに、タンノは眉を寄せて首を振る。

 

「わかりません」

 

「それで、死んじゃうの?」

 

「はい、死んでしまいます。それで……」

 

 タンノは頭の中で、綿を握りつぶすように出来事をまとめた。

 

「神様みたいな人がいる場所に行きました」

 

「かみさま」

 

 片桐は意味の分からない単語を復唱するように言う。

 

「そこは俺が成仏するかどうかを決定する場所で、俺はその、神様みたいな人に、生きたい、生き返りたい、と申し出たんです。それで、その願いが聞き入れられて、刺されたときよりも少し過去に生き返ってきた、という事なんです」

 

 タンノは、この世界が虚である事や本当の世界に生き返るための条件などを隠して話した。その事にまで話が及ぶと、きっとややこしくなってしまうし、話してもおそらく理解されないだろうと思ったからだ。

 

「神様、いい奴だな」

 

 片桐は椅子の背もたれに体をまかせて言う。

 

「いい奴というか……、死ぬべきではない、みたいなことを言っていました」

 

「という事は、今ここにいるタンノ君は未来から来たって事?」

 

「まぁ、そういうことになります。ほんの少しですけど」

 

 ふうん、と片桐は言う。

 

「なんか、そういう本でも読んで影響されたのか?」

 

「いえ、そういう事ではないんです。信じてもらえないのは当然だと思うのですが、わりと真面目です」

 

 タンノは固い目で片桐を見る。

 理解を強調するために、片桐は何度か頷いてみせた。

 

「うん、タンノ君がそういう現実離れした、SFみたいな話をする事ってまずありえないもんな。だから、その話がほんとうに本当なのか、それか単純に頭がおかしくなっちゃったかのどっちかだと思う。冗談で言ってるんじゃない事だけはわかるよ」

 

「冗談ではないです」

 

 タンノは空のコップを口につけて、底に残った少しの水で舌を濡らした。

 

「でも、刺される時間も場所もわかってるんだったら、そこに居なければ大丈夫なんじゃないのか? ここ出たら、コンビニに行かずに帰ろうよ」

 

「そうなんです、その通りなんです。そうすれば刺されずに済むし、この後も生きていけます。そうなんですが、ちょっと気になることがあって……」

 

「なによ?」

 

「犯人が誰で、何故俺を刺したのか、理由が知りたいんです」

 

「別に、誰でも良かったんじゃないの? 通り魔的な感じで。最近、そういう話多いしさ」

 

「いえ、そういう感じではなかったんです。本当にぼんやりとしか覚えていなくてうまく言えないんですが……」

 

「ちょっと待ってよ、その時俺は何してた? 一緒にいたら、俺まで刺されちゃうんじゃないの?」

 

 いや、と言ってタンノは指先で額を擦った。

 かすかな記憶を想像で補ってみる。

 

「確か、片桐さんは俺が刺された後、ずっと俺の名前を呼びかけてくれてたと思います。なので、犯人は俺を刺した後、すぐに逃げたんだと思うんです」

 

 ヒントが少なすぎる難解なクイズについて考えるみたいに、片桐は腕を組んで唸った。

 

「なんか刺されるような事でもしたの?」

 

「心当たりは全く無いんですが……」

 

 しばらく唸った後、片桐は諦めて、わかった、と言い、子供のわがままに付き合うみたいな口調でタンノに訊いた。

 

「それで、どうすればいいんだ?」

 

 そう言って片桐はシャツの胸ポケットからマルボロを取り出した。

 慣れた手つきで煙草に火をつける片桐を、タンノは疑うように見つめる。

 

「片桐さん、煙草吸ってましたっけ?」

 

「なんで? 吸ってたよ、ずっと前から」

 

 片桐は長年染み付いたような自然な仕草で、慎重なため息を吐くみたいにして煙を漂わせた。

 

 

 ずっと前から?

 噓だ。

 片桐さんが煙草を吸う姿なんて見た事はない。

 やはりここは、本当の現実ではないのだ。

 

 

 当たり前のように片桐の口から舞う白煙を見て、タンノは不吉な唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

(続)