2013.07.26
第十一話 「診察室2」
相沢の声はやわらかいままだったが、少しだけ雰囲気を変えて話し出した。
安心させるための配慮が消えたのがわかった。
「先ほども申しましたが、ここは病院でも診療所でもありません。肉体の死を遂げた方が、魂の死を迎えるための手続きを行う場所であり、審査する場所です」
相沢はそれだけ言うと、タンノの反応を待った。
タンノは空気を埋めるように声を出す。
「さっきから言っている、肉体の死という言葉なんですが、僕はやっぱり死んでしまったんですね?」
右手の指で左手の指を強くつまみながらタンノは言う。
「正確に言うと、タンノさんはまだ死んでいません。心肺停止になり、肉体が活動をやめている状態です。現在のタンノさんの状況ですが、大きな病院の集中治療室に運ばれており、十分な医療設備が整っている場所にいます。肉体的な復活の可能性は十分にあります」
「生き返ることができる、ということですか?」
「そうです。ある条件を満たせば、ですが」
生き返ることができる、ある条件を満たせば。
タンノは何故か、それについてうまく喜ぶことができなかった。その条件というのは容易なことではなく、非常に厄介で困難なものなのだろうと直感した。
「その為に、この場所があります。肉体の死を迎えたとしても、死ぬべきでない人もいれば死に値しない人もいます。特にこの緊急に来られる方の中には」
「でも、肉体が死んでいるんだったら、一刻も早く戻らないと、復活も難しくなってくるんじゃないですか? 細胞とかが死んでいっちゃったりして……」
タンノは自分でも驚くほど落ち着いて話していた。
現実感がないせいだろうか、半分他人のことについて話している気がした。
「ここでの時間の流れはありません。完全なゼロではありませんが、ほとんどゼロです。この場所で何百年過ごしたところで、現実の世界では1秒も経っていないのです。なので、判断に焦る必要はありません。落ち着いて話しましょう」
タンノは手のひらを指でこすった。
何を考えるべきかわからなくなっていた。
「すみません、いくつか質問があるんですが……」
タンノは自分の手に目線を落としたまま言う。
「あまり多くは答えられませんが、どうぞ」
そう言って、相沢は椅子の背もたれに少し体を任せた。
「相沢さんは、僕のことをどれくらい知っていますか?」
「タンノさんに関する事実はほぼすべて、知っていると思っていただいて良いです」
事実という言葉が引っかかったが、タンノはかまわずに訊いた。
「僕の恋人で、佐野真由美という人がいるのですが、その人が生きているかどうか、教えてもらえませんか?」
「佐野真由美さんは生きています」
相沢は即答した。
タンノは何を思えばいいか迷ったが、とりあえず、良かったと思うことにした。
しばらくうつむいてから、タンノはもう一つ質問をした。
「僕の古い友人で、何年も前に亡くなったアオキトモヤという男がいるのですが、そいつが、生きてるかどうか、わかりますか……?」
相沢は少し沈黙したあと、ゆっくりと口を開いた。
「少し、微妙なところですね。微妙というのは、アオキトモヤさんが生きているかどうかの話ではなく、その質問に答える必要があるのかという点です。私が答えられるのは、タンノさんが生き返るかこのまま魂の死を迎えるか、それの判断材料になる質問に対してのみなのです。何故、その方の生死を尋ねるのですか?」
「ここに来る前の白い川で、見たんです。その友人を、向こう岸で……」
タンノの霞んでいく声を拾うように、相沢は背中を丸めて身を乗り出した。
「なるほど、そういうことであれば、その方があなたの死と何か関連があるのかもしれませんね。ひいては今後についての判断材料にもなるかもしれない。それであれば、答えましょう」
アオキトモヤさんは生きています、と身体を椅子の背に戻して相沢は言った。
「でも、そいつは何年も前に川で溺れて死んだはずなんです。生きているとしたら、一体、どうやって生きてたっていうんですか?」
「申し訳ありませんが、詳しくはお答えすることは出来ません。どこかで見つからないように生きていた、と第三者的な推測を述べるくらいしか私にはできません」
タンノはわからないことを何もかも訊いてしまいたかった。
自分が何故刺されたのか、誰に、いつ、どこで刺されたのか、何故アオキが今になって向こう岸に姿を見せたのか、そして何故自分に謝って消えたのか。
しかし、そのどれにも答えてはくれないだろうと諦めて、言葉を飲み込んだ。
「生き返ることができるなら、生き返りたいです」
タンノは顔を上げて相沢の目を見た。
(続)
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