2013.09.23

誰かの似顔絵

似顔絵を描いてくれ、と誰かに頼まれた。

 

私はイーゼルに立てかけた木製のパネルに画用紙をはりつけて、その筆を進めていた。

しかし、長い時間描き進めた後に私は見失ってしまう。

 

これは誰だろう?

 

私にはわからなくなってしまった。

まるで一筆ずつ進める度に記憶が削れていくみたいに、ささやかに確実に見失っていった。

 

それでも私は筆を進めた。

 

描かれた人物はとても興味深い顔をしていた。

頭の毛はほとんど抜けて、くぼんだ目からは瞳がこぼれ落ちそうで、痩けているのに皮はたるんで、あごが何重にもなっている。

きっと声はかすれていて、仕草も細々として落ち着きがない。

良い印象などひとつもなかったが、彼の鼻の下にはそれらの重く不穏な波をすべて覆してしまうほどの、固くて黒々と輝く立派な髭が生えていた。

スラム街の中に一軒だけ豪邸が建っているみたいに、その髭は顔の中で強大な影響力を持っていた。

 

私はそれが誰なのかさらにわからなくなっていく中、休むことなく描き続けた。

 

何日か経って絵は完成した。

誰かが私の肩をぽんと叩いた。

似顔絵の男が溶けるような笑顔をはりつけて立っていた。

表情が加わってたるんだ皮に、さらにしわが刻まれていた。

 

男は私と少し目を合わせた後、何も言わず画用紙の自分と見つめ合った。

うなずいたりあごに手をやったりしながら、一つ一つの部分を仔細に確認するように眺めていた。

似顔絵と同じ、男の顔の中央に設けられた凛とした髭に、私の視線は釘付けになった。

 

思い出した。

この男は私を殺した男だった。

 

男は絵について一通り満足すると私の方に顔を鼻先まで近づけた。

おそろしく刃渡りの長いナイフを私の目の前に持ってきた。

光を反射したナイフは雪のように白く透き通って輝いていた。

 

私はもう一度殺されるのだ。

 

そう思いながら、私は男の髭に見とれていた。

 

 

 

 

(終)