2013.11.18

分銅

 田島の心に、分銅がゆっくりと沈み込む。

 着地した分銅は、心の底とくっついてしまったみたいに隙間なく触れあう。

 触れあいながらも、その重さはぎいぎいとのしかかる。

 地中に棲む巨大なミミズがいびきをかいてるような低い音が、心の底のさらに奥の方から聞こえる。

 それは単純な重い耳鳴りかもしれない。

 

 

 

 田島はてりやきバーガーを食べてオニオンスープを飲み干すと、店内に流れるクリスマスソングに耳を預けた。一つの曲が終わり、また次のクリスマスソングが流れる。普段なら気付かないうちに心が浮かれてしまう音楽も、今日に限っては田島の中の淀みをさらに混沌とさせるだけだった。

 

 天気は文句の付けようのないほどの快晴で、久しぶりに食べたてりやきバーガーも初めて注文したオニオンスープも旨く、まだ正午前で一日の猶予がたっぷりとあるというのに、どうしても心の分銅はなくならない。それどころか、大小様々な分銅がピンセットで次々に置かれていった。

 田島の心には天秤も受け皿もなく、分銅はただ底に溜まっていくだけだった。濃すぎるどす黒いコーヒーが少しずつ流し込まれるみたいに、分銅は心の中にずしずしと溜まり、もたれてくる。

 

 そんなイメージを捉えてしまうと、田島は本当に気分が悪くなってきてしまった。

 まだ消化していないてりやきバーガーとオニオンスープが嵐の海の荒波に揉まれるみたいに、胃の中でぐるぐると舞っている。これほど前触れも無く急激に気分が悪くなるのは、人生で初めての事だった。

 大声を出したり肉体的な運動をすることで、原因であるはずの分銅を霧散してしまいたかった。しかし、田島は胃の中の物が喉まで登り上がってくるのを察して、トイレに駆け込んだ。

 便器に顔を近づけて喉の奥から絞り出すような格好で、形を無くしたてりやきバーガーとスープを吐き出した。そのとき、何かがひっかかったみたいな痛みが喉に走った。

 未消化の食べ物と一緒に分銅が出て来た。便器にぶつかって、こつん、という音を鳴らす。

 短い呼吸をしながら唾を飲み込むと、胃液のすっぱさと一緒に血の味を感じた。分銅を吐き出すときに、喉が切れてしまったのだ。口の中を切ったボクサーみたいに、田島はごくりごくりと血を飲み込む。

 鉄の味と血の味は似ている、田島がそう思うと、心の底に溜まっていた分銅はどろりとした血液に変化し、心の中でゆらゆらと浮遊し始めた。

 

 やがて分銅だった血液は滲むように薄くなり、暗い心の底で散っていった。

 

 

 

(終)