2013.08.22

手のひらからさらさら

男は自分の手のひらを眺めた。

はじめは、乾燥した皮膚が削れて剥がれているのかと思った。

しかし、よく見てみるとそれは剥がれた皮膚ではなく、一つ一つが粒になっていた。

白くて透明な結晶だった。

塩に似ている、と男は思った。

手のひらを指で擦っていると、粒は手品のようにさらさらと増えてきた。

男はその量に驚いて何度も手を洗ったが、乾くとまたすぐに粒が出てきてしまった。

男は指にくっついた粒を舐めてみた。

それは塩だった。

その塩はただの平凡な塩ではなく、うま味を塊にしたみたいな味の結晶だった。

男は料理を作るとき、その塩を少しだけ混ぜてみた。

思ったとおり、今まで味わったことのないうま味の溶け込んだ料理になった。

男は手のひらを擦り、大量の塩をこしらえた。

次の月に、男は料理店を開いた。

料理にはもちろん、手のひらの塩を混ぜた。

店は男の思惑通りに繁盛した。

それから数年に渡って多くの客をひきつけた男の店は、町で一番の人気店となった。

男は開店当初からウェイトレスとして働いてきた女と結婚をして、子供を産んだ。

子供は三つ子だった。

それから一年後、ちょうど子供達が一歳の誕生日を迎える頃、異変が起きる。

店で出していた料理の味にクレームがつくようになった。

男は手のひらの塩を確かめてみた。

いつからか、自分の塩を味わっていないことに気付いた。

塩を舐めた男の顔は、すぐに色を失った。

手のひらから出ていたのは塩ではなく、舌が溶けるほど甘い砂糖だった。

これではもう、店は続けられない。

厨房でうずくまり、目の前が真っ暗になりかけた。

その時、暗闇の中で、舌の上に光るものを見つけた。

男は息を飲んで、もう一度手のひらの粒を舐めた。

塩ではなく砂糖になっていたが、うま味が変わっていないことに気がついた。

男は翌日から、料理店ではなく菓子店として商売を再開した。

料理店がなくなるのを嘆く声も多かったが、新たに開いた菓子店は瞬く間に人気店となった。

当たり前だ。

この味を知った人間は、必ず虜になるのだ。

男はそう思った。

男は自分の手のひらにほおずりし、感謝をした。

そして、子供達が三歳の誕生日の時、男はケーキを焼いた。

手のひらの砂糖をふんだんに使ったスポンジケーキだ。

子供達は喜んでほおばった後、嘔吐を繰り返して死んでしまった。

後日、子供達の遺体から毒物が検出される。

それは、男の手のひらに付着している物質と同じものだった。

子供達を殺した罪で、男は牢獄に入れられてしまう。

男は冷たく暗い牢獄の中で、手のひらを擦った。

塩でも砂糖でもない、細かい粉が出てくる。

まったく違う物質だ。

また変わってしまったのだ。

どうして気付かなかったんだろう、いつの間に変わってしまっていたんだろう、何故このタイミングで変わってしまったんだろう、あのうまかった塩や砂糖はどこにいってしまったのだろう、あのかわいかった子供達はどうしていなくなってしまったのだろう。

枯れてしまった瞳からはもう、涙は流れてこなかった。

擦り続けて大量に生み出された毒の粉を、男はひといきに飲み込んだ。

 

 

 

 

(終)