2013.07.19
第九話 「待合室3」
アオキが生きている?
もう何年も前に死んだあいつが?
確かにあの時、遺体は出てこなかったけど、生きていたら姿を見せるはずだ。戻ってくるのが当たり前だろう。
でも、もしアオキが生きてるのなら、このじいさんの言ってる事とつじつまが合う。
死んでいくのは俺で、真由美は俺を逝かせないように引き止めていた。
それだとしても、何故アオキが出てきた?
そして、なんであいつは俺に謝ったのだろう。
とにかく、このままだと……。
タンノは顔を上げて周囲を見る。
生気を失ったただの塊のような人たちを見て、吐くのを抑えるように唾を飲んだ。
このままだと、本当に死んでしまう。
タンノは急に寒気を感じた。足が壊れたエンジンみたいに、がくがくと震えだす。手で膝をつかんで抑えたが、力が入らない。
恐怖だった。胸のあたりに悲しい塊ができて、涙で流してしまいたかった。
乱れた呼吸でうなだれていると老人がまた、ぽんと背中を叩いた。
「大丈夫だ、もうほとんど死んじまってるんだから。これ以上に痛いことや辛いことや苦しいことは、もうねえ」
「……と、あなたは思っている」
青ざめた顔でタンノが添えると、老人は細かく頷いてみせた。
「でもあんた、大したもんだよ」
「何がですか?」
「若いのに、落ち着いてる」
タンノは、はぁ、と気の抜けた声で返事をした。
「おれ達みたいな年寄りはこんなとこに来ても大体、ああこれからあの世に行くんだ、ってなんとなくわかるけど、あんたら若い奴らはとりあえずわめくんだよ。泣いて、めちゃくちゃに叫ぶ。あんまりひどいとどこかに連れてかれちゃうんだけど、大体の奴はわめき疲れて呆然としてる。だからみんな、あんな死んだ魚みたいな顔してるんだよ」
そう言って、老人は目だけで周りを見た。
「それは……、俺が多分、状況を把握できていないからです。わめきたくても、何についてわめけばいいかわからない」
タンノは自分の手のひらに刻まれたしわを見て言った。
「普段から冷静じゃないと、そんな考え方はできねえと思うな」
そう言って一人で納得する老人の言葉で、タンノは川の向こうにいるアオキを思い出した。
あいつも、俺が冷静だと言っていた。
アオキがいなくなったときも、俺は平気な顔をしていた、と。
果たしてそうだっただろうか。
「ほら、そんなこと言ってるうちに来たぜ」
こちらに向かってくる女を見て老人は言った。
女はタンノの前に来ると手をひらひらと揺らし、ついてくるように示した。言葉を使ってはいけないルールでもあるかのようだった。
タンノが席を立つと、じゃあな、と老人は言った。タンノは視線を合わさずに軽く会釈をした。
女は「緊急」のドアの前に立ち、手のひらを扉にあてた。中の様子をうかがっているようだった。少し触れた後、ドアを開けてタンノを中に案内する。
病院の診察室のようなこじんまりした部屋には、医者の格好をした若い男が待っていた。
(続)
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