2013.06.22
落書きの落書き
「何描いてんだ?」
沢田は砂場でしゃがみ込む子供に声をかけた。
子供は手のひらに収まるくらいの短い木の棒で、象形文字みたいな規則性のある形を作っている。
「落書き」
子供は地面に顔を向けたまま、丸くなった背中で沢田に答えた。グレーのポロシャツが汗で湿って、背骨の形が見えている。
「何の落書きだ?」
「落書きの、落書き」
沢田は子供の背中から視線をはずし、半分まで吸った煙草を一口吸って地面に捨てた。冷めた湯船みたいな、かすかに温かい風が公園を通り抜ける。もうすぐ降りそうだ、雨粒を準備している雲を見て沢田は思った。
「何の落書きの、落書きだ?」
「家」
「家?」
「そう、家、おうち」
子供は振り返り、汗で濡れた額を拭う。見上げた沢田の背後にある雲が眩しいのか、目を細めて笑ったような顔をしている。
「ここが玄関、ここがキッチン、ここが寝る所、ここが勉強するところ、ここがベランダ、ここが屋根裏部屋、ここが漫画部屋、ここがお父さんの部屋でここがお母さんの部屋」
子供は象形文字を次々に指しながら沢田に説明した。沢田は、ふうん、と鼻を鳴らてしゃがむ。
「なんで、家の落書きじゃないんだ?」
「家の落書きの落書きだよ」
「だからなんで、落書きの落書きなんてややこしい言い方をするんだよ」
「下手だから」
子供は自分の描いた形を見ながら言う。
「僕は絵が下手だから、家の落書きなんて描けない。でも、家の落書きの落書きなら、描ける。そんなのきっと、猫でも描ける。だから……」
子供は最後まで言うのを止めて、また地面に新しい形を作り始めた。
「これは、なんの落書きだと思う?」
子供は新しい文字を木の棒で指す。
「……車?」
沢田が首を捻って答えると、子供は残念そうに言った。
「車の落書きの、落書き」
(終)