2013.08.01
買え、若い頃の苦労
「親父、ちょっと話があるんだけど」
「どうした? 珍しいな、何かあったのか?」
「別に、何があったってわけじゃねえけど……」
「なんだよ、言ってみろ」
「若い頃の苦労は買ってでもしろっていう言葉があるだろ? あれについて、親父はどう思う?」
「ああ、それには賛成だな。若いうちに苦労はしておいた方がいい。特にオマエみたいな今の若い奴らは苦労なんか知らないんじゃないのか? 買ってでもしろっていう言葉は、ほんとにその通りだと思うぞ」
「そうか、そう思うよな……」
「なんだよ、どうした。話ってのはそれだけか?」
「なぁ、親父、金貸してくれないか……?」
「金? 何に使うんだよ? オマエ、バイトだってしてるんだろ?」
「頼む、貸してほしいんだ、100万円」
「100万? オマエそんな金で何買うんだよ?」
「苦労だよ」
「は?」
「若い頃の苦労は買ってでもしろって言ったろ? だから若い頃の苦労を買ってくるんだよその100万で……!」
「え? 売ってるの?」
「わかんねえよ! でも多分、それだけあれば買えると思うんだ、頼むよ親父! 俺に若い頃の苦労買わせてくれよ!!」
「オマエがそこまで言うなら、しょうがない……」
「ほんとうか? ありがとう……! ありがとうございます……!!」
「間違っても他のものに使ったりするんじゃないぞ」
「当たり前だろ! 俺はそこまで落ちちゃいねえよ」
〜数日後〜
「親父……」
「オッどうした? 若い頃の苦労買えたか? ……どうしたその金」
「これ、返すよ」
「どうした? 売ってなかったのか?」
「いや、売ってたよ、でも、買えなかった」
「なんでだ? 100万円じゃ足りなかったのか?」
「うん、ちょっと高かった……」
「いくらだったんだ?」
「100グラム 2000万円……」
「100グラム 2000万円!?」
「うん、とにかく、この金は返す……、ありがとな、親父」
「……ちょっと待て」
「なんだよ?」
「オマエまずはその、2000万円を貯める苦労をしてみたらどうだ?」
「2000万を貯める苦労?」
「そうだ」
「そんな、無茶だろ、ちっちゃい家が買える金額だぜ……?」
「いいからやってみろ、何年かかってもいい、大事なのはチャレンジすることだ」
「そうか……、そうだよな。わかった、親父、やってみるよ」
それから三年後、俺はあらゆる努力をして2000万円を稼いだ。
しかし、若い頃の苦労は買う事は出来なかった。
店員の言うところによると、もう俺は若い頃の苦労を持っている、との事だった。
馬鹿馬鹿しい、じゃあ俺のこの三年間は、一体何だったんだ。
貯金が2000万に貯まる数日前に、親父はガンで死んだ。
2000万で買った若い頃の苦労を、親父に見せてやりたかった。
でも、結局金が貯まっても買う事は出来なかった。
誰に何をぶちまけていいかもわからず、俺はひたすら夜の河原を走り続けた。
遺品整理で親父の机を片付けているとき、100万円の札束と、手紙を見つけた。
見た瞬間に、それがあの時親父が貸してくれた100万円だとすぐにわかった。
手紙にはこう書いてあった。
おまえの若い頃の苦労、ちゃんと見ていたぞ。
よく頑張ったな、お疲れさん。
この金で、母さんを旅行にでも連れてってやれ。
後はよろしく。
俺はその100万円をもらい、代わりに持っていた2000万円を抽き出しにいれて、
親父に気付かれないようにゆっくりと閉めた。
(終)