2013.07.22
似ている(前篇)
鉄棒から落ちて、生まれてはじめて気絶した。
気を失う、とはどういうことだろう。
眠るみたいなものだろうか。
密かにずっと、気になっていた。
目が覚めたら保健室で、頭にはタオルに巻かれたアイスノンが置かれていた。
先生がカーテンを開けて、僕と目が合う。
「あら、気がついた。良かったわ」
先生の話では、僕が気を失っていたのはたった数分だったらしい。
時計が見えないからわからなかったけど、たしかに空気は変わっていない。
気絶をしたら何日も目が覚めないものと思っていたから、なんだかあっけなかった。
もっといろんな人に心配されて、そこで目覚めたかったな。
ぶつけた頭の痛みは残ってたけど、歩けそうだったので帰ろうとした。
そしたら先生が、
「お母さん呼んであるから、もう少ししたら迎えにくるから待ってなさい」
と言うので、ベッドに座って足をぷらぷらさせた。
校庭では小さくサッカーをやっていたりドッヂボールをやっていたりして、みんなの声が元気だった。
暮れ始めた太陽で、乾いたグラウンドの土が黄金色に見える。
さっきまで一緒に遊んでいた友達も見えた。
頭にあててたアイスノンは、もうぬるくなりはじめてた。
「君、あの子にそっくりね。兄弟じゃないわよね、名字がたぶん違うし」
先生が僕の顔をじいっと見る。
「あの子って誰?」
この学校で、僕に似ている人なんていただろうか。
「ええと、この前保健室に来た……」
そう言って先生は、保健室に来た人の名前を書く保健カードを見た。
「あった、2年3組の金本ゆうきくん、って知ってるかな? 同じ学年だわよね?」
僕はぷはっと吹き出してしまった。
先生って、案外バカなんだな。
「それ、僕だよ。僕が金本ゆうきなんだから似てるのは当たり前だろ」
ちょっとバカにするみたいに笑って言ったら、先生の顔に雲がかかった。
まずい、怒られるかな。
笑った顔がひきつった。
「何言ってるの、君は石崎君でしょ。2年5組、石崎まことくん」
先生は誰かが書いてくれた保健カードを見て言う。
いしざきまこと? そんな名前、聞いたこともない。
きっと、誰かがいたずらで書いたんだ。
「もう、何言ってるの先生。ほら、ちゃんと名前が書いてあるでしょ」
そう言って、ランドセルから乱暴にノートを取り出して先生に見せた。
そこには僕の字で「石崎まこと」と書いてあった。
(後編に続く)