2013.09.09
マリモとウニの中間
講義の中で、教授はある写真のフリップボードを見せた。写真は白い砂浜の上に無数に散らばった、マリモとウニの中間のようなかたまりだった。教授はさらに詳細な写真を見せた。深い緑色の、毛先の柔らかいウニといった感じの生き物だった。クラゲのように人を刺すらしく、最近その被害者が増えている、と教授は言った。教授は次に、被害に遭った白人女性の写真を見せた。背中の写真だったが、その女性の染みが多く、どこが刺された部分なのかわからなかった。海に行く際には気をつけるように、と教授は言った。
後日、私が白い砂浜の海に行くと、教授が見せた生き物を発見した。写真で見た印象よりも実際は小さく、卓球のピンポン球くらいの大きさだった。数は無数に落ちていて、触れないようにそっと離れようとした。しかし、砂に足をとられバランスを崩し、私は転んでしまう。肘のあたりにいたマリモとウニの中間の生き物は私を察知し、すぐに近づいてきた。外見からは想像もできないほどその動きは速く、驚きと同時に感心した。どのように刺すのだろうという興味が溢れ、私はそのまま彼を見ていた。刺す、というからには痛みが生じるのだろうと思った。そのやわらかいトゲ先がハリネズミのように固くなり、チクリと皮膚を刺激するのだろう。しかし想像とは全く逆で、彼の毛先はさらに細くなり、痛みもなく皮膚に侵入してくるのだった。驚いて腕を引いたが時はすでに遅く、皮膚と同化した彼は、ぷらぷらとぶら下がった。それからも侵入は止まることなく、やがて彼の体全体が肘の少し上のあたりに入ってしまう。あまりの気味の悪さに首のあたりに鳥肌が立ち、のけぞった。しばらく二の腕の中で彼の動きを感じたが痛みはなく、やがて消滅したようにその存在は消えていった。気がつくと、一連の出来事が夢であるかのように、無数に落ちていたその生き物は消え去っていた。非常にリアルな夢だったのかも知れない。気持ちの悪い汗だけを残して、私は白い砂浜に横たわっていた。
翌朝起きてみると、腕全体が微弱な電気を放ってるみたいに、ぴりぴりと痺れていた。夢ではなかったのだ。学校に行き、教授にその生き物のことを訊ねてみる。
「先日の講義で見せていた、マリモとウニの中間みたいな生き物について訊きたいのですが」と私が言うと、何の話だ?と、教授は不思議そうな顔をした。それが繁殖して、刺されると危険であること、被害者の白人女性を紹介したこと、海に行く際は注意をするように言ったこと、すべてを話した。
「そんなの知らないよ、別の教授と勘違いしてるんじゃないか?」と言って、相手にしてもらえなかった。教授を間違えることはない。確かに彼がフリップを持ち、喋っていたのだ。やはり夢だったのだろうか。そうだとしたら、この腕の痺れは何だろう。
私は構内にある工房に行き、電動ノコギリで肘の上の部分を切断した。血が盛大に吹き飛びダムが決壊したみたいに溢れていったが、我慢をして三分ほど続けると腕を完全に断つ事ができた。落ちた方の腕を拾い上げ、切断面を見てみるが、血と肉と白い骨しか見えなかった。肩に20センチほど残った腕の切断面を見てみると、マリモとウニの中間の生き物がいた。彼は眠っているみたいに、微動だにしなかった。血液を思い切り吸ったのだろう、トゲの一本一本が太くなってぷるぷると艶やかになっていた。私は指先で彼をつまみ出した。やはり眠っているのか、あの機敏な動きは一切見せずあっさりと抜き取ることができた。体組織と結合している部分があり、引きはがす際に若干の痛みが残った。生き物を床に落とし、近くにあった金槌で思い切り叩いた。潰されて破裂した瞬間に、吸いこみまくった私の血が弾け飛んだ。ぎゃっとかあっとか鳴き声みたいなものが聞こえたかもしれない。分裂した生き物はしばらくくねくねと動いていたが、電気のバッテリーが徐々になくなっていくみたいに、動きは遅くなり、やがて停止した。腕の痺れとその生き物から解放され、私は晴れやかな気分で次の講義へと足を運んだ。
(終)
- 落書きの落書き 2013.06.22
- aus 「Closed」「Opened」 2013.07.18
- 太陽の泡 2013.07.03
- 映画 「パーマネント野ばら」 2013.07.25
- 「煮洗い」について 2013.07.02