2013.07.12
第七話 「待合室」
女に案内された待合室には、受付のようなカウンターと二つのドアがついていた。二つのドアにはそれぞれ「一般」と「緊急」と書かれた看板が掛けられている。
タンノを案内した女と同じ格好をした女が数人、蟻がものを運ぶみたいに無機質に動いていた。彼女たちは全員、両手首に金色のリングをはめて、胸のあたりにリングと同じ素材でできたシンプルな金のバッヂをつけていた。よく見てみると、着ている服は袖がわずかに広がっていたり赤いラインが入っていたりして、巫女のような儀式的な雰囲気があった。
タンノが周りを見渡していると、女は座るように長椅子を指差した。タンノは確認をとるように女の目を見ながら座る。長椅子は黒いツイードのカバーがしてあり、座ると見た目よりもずっと柔らかい感触がした。
女はタンノを座らせると受付の奥へと消えていってしまった。
待合室にいるタンノと同じ服を着た人間は、ほとんどが老人だった。彼らは一様に何かを全うしたような、達成感と虚無感を含んだ表情をしていた。若い人間も何人かいたが、彼らはタンノの方に少し目をやった後、泣きつかれた子供のように視線を落としてうつむいていた。
「若いね」
隣に座っていた老人がタンノに話しかける。
タンノはどう応えていいかわからず、口の端を少しだけ動かしてみせた。
「何があった?」
老人の問いに、タンノは声が出ない事を喉を指差してジェスチャーで応えた。
「まだ喋れないのか、肺の中の水が全部乾いたら声が出るようになる」
安心しろ、というようにタンノの背中をぽんと叩いた。老人の指先は冷たく、不吉な固さがあった。
老人の言う通り、間もなく声が出るようになった。
「ここは何なんですか?」
タンノは声をひそめて眉間にしわを寄せる。
待合室にはかなりの人数がいたが、喋っている人間はひとりもいなかった。
「死ぬ前の場所」
そう言って老人は白く短い髭の生えたあごで周りを指した。
「ここにいる人たち、みんな死んじまってんだ。それで、これから本格的に死ぬためにあっちのドアに入っていく」
老人は言い終わってから、とおれは思っている、と付け加えた。
死ぬ前の場所?
それじゃあ俺は対岸に辿り着いたのか?
タンノが頭の中で言葉を解釈していると、老人が訊いてくる。
「あんた、なんでここに? 事故か? 自殺か? 最近の若いヤツはすぐに自分で死にやがるけど、あんたもそうかい?」
タンノは首を振る。
「刺されて」
短く答えた後、タンノはまた考えだした。
「そうかあ、じゃあ緊急の方だな」
「緊急?」
「あそこにドアがあるだろ、一般と緊急って。一般の方は寿命とか病気とか、ある程度死の用意ができてる人間で、まぁほとんどがジジイかババアなんだけど。それで、緊急ってのはあんたみたいに事件や事故でいきなり死んじまったヤツのことだ」
とおれは思っている、と老人は加えた。
「なんで推測なんですか?」
「だって、おれだってここに来たの初めてだもん、当たり前だろ? 人間死ぬのは一回だけだ。ただ、一般っていうのは人数が多いからかわかんねえけど、呼ばれるのにえらく時間がかかる。まぁ待ってるのも疲れないし時間の感覚なんかもあんまりねえから別にいいんだけどよ。それで、待ってる間にあんたみたいに若いのが来て、そいつらみんなすぐ緊急の方に呼ばれていっちゃうんだ。だから、あんたもすぐ呼ばれると思うよ」
「俺はこのまま死ぬんですか? 死んだ後、例えば誰かと一緒にいられたりしますか?」
タンノは問いつめるように訊いた。
老人は眉を上下に動かして弱ったように言う。
「そんなんわかんねえよ、あのドアの先に何があるのかわかんねえし……」
そうですか、と言ってタンノはうつむいた。和紙の服はとても薄く作られていて、肌の色が透けて見えた。
タンノは真由美について考える。
真由美もここに来たのだろうか?
(続)