2013.10.10
昼の散文
午前十一時。
わたしはいつもと同じように、外を歩いた。
上空からヘリコプターの音が聞こえる。
一面に光る白い雲によってその姿は見えない。
雲の上には青空が広がっているのだろう。
想像してみて、肌寒くなった。
神社のそばを歩いていると、誰かが鐘を鳴らしている音が聞えた。
鐘の音から一呼吸置いて、ふたつ、手をたたく音が鳴る。
見たことの無い公園を見つけた。
住宅街の一角に、誰もいなかった。
ブランコと、すべり台と、ベンチがふたつ。
たぶん、わたしが踏み入れることは、一度としてないだろう。
くたびれたアトリエをみつけた。
プレハブの小屋を一回り大きくしたような場所で、すべてが錆付いていた。
「油絵、デッサン、水彩画、平日は午後四時半から、土曜日は午前十時から」
すり切れた看板の文字を見る。
昔はこどもたちが集まって賑わっていたのだろうか。
絵を描くのは楽しかっただろうか、上達しただろうか。
絵を好きになっただろうか、嫌いになっただろうか。
そこで誰かに恋をしただろうか、誰かと喧嘩をしただろうか。
普段は歩くことのない、隙間のような路地を進む。
花の匂いがする。
夏が死んだ匂いだ。
路地を流れる用水路を見て、墓地を見て、広い道路にぶつかった。
四車線の車道は絶えず唸る。
わたしは逃げるように足取りを早くして、別の路地に入った。
田んぼが広がる。
藁みたいな匂いが鼻先に触れる。
少し立ち止まってから、また歩きだす。
歩きながら、わたしは彼の言葉を思い出す。
「昼間の散歩は、もう行けないな」
仕事の決まった彼が、残念そうに言う。
「土曜日とか日曜日とか、休みの日に行けるじゃない」
わたしが言うと、彼は諦めたように笑って首を振った。
「平日の、昼間じゃなきゃだめなんだ」
言われたわたしはよくわからず、ふうん、と鼻を鳴らすだけだった。
帰ろうと思って、当てずっぽうに家の方向へと歩く。
休日の昼間も、平日の昼間も、その違いはわたしにはわからなかった。
わからなかったけど、ひとつ気付いた。
平日の昼間の散歩にはもう、彼が隣にいない。
それだけがただ、寂しかった。
(終)