2013.07.16

第八話 「待合室2」

「ほら、見てみろあの子」

 

 老人の視線の先には、まだ小学生にもなっていないほどの少女がいた。ピンク色の淡いワンピースを着ていて、遠くからでもわかるくらい清潔な長い髪の毛をしている。

 少女はぼんやりとした瞳で、ほとんど無意識のような状態で女の後をついて歩いていく。

 

「あの子も『緊急』だ。あんなに小さい子が、事故でも遭ったのかねえ、可哀想に……」

 

 老人は映画の悲しいシーンを見るみたいに、わざとらしく眉をしかめた。老人の言う通り、少女は女に連れられて「緊急」のドアへと入っていく。

 タンノは固くなった唾を無理矢理に飲み込んだ。

 

「ここに、俺と同い年くらいの女の人が来ませんでしたか?」

 

 恐る恐る訊いてみると、老人は首を振った。

 

「来てねえ。なんでだ? 一緒に刺されたのか?」

 

 一緒に刺された?

 タンノは欠けた記憶の前後を繰り返しなぞる。

 いや、それはない、真由美と一緒にはいなかったはずだ。

 

「いや、ここに来る前の川で、向こう岸から呼んでたので……」

 

「あの川か、向こう岸にいたんなら生きてるだろう」

 

「……どういう事ですか?」

 

 理解するのを拒むように、タンノはわざと首をかしげてみせた。

 

「言葉の通りだよ。向こう岸にいたんだろ?  向こう側は生きてる人間で、こっち側は死んでる人間だよ。俺のときなんか、家族や親戚なんかがみんなで見送ってくれたよ。こういうとき、ちゃんと死ぬ準備ができてるといいんだよな。あんたなんか突然だから、あんまり来てくれなかったんじゃないのか?」

 

 老人は少し自慢げに、しかし寂しそうに言った。

 タンノは指先で額を擦った。老人の手と同じように、肌が冷たく固くなっているのに気付く。ロウでできたような額をぐりぐりと押して、川で見た光景を思い出す。

 

「向こう岸に、何年も前に死んだ友人がいたんです。だから、向こう側があの世かと思っていたんですが……」

 

 タンノは老人に視点を合わせようとしたが、眼球が小刻みに震えて定まらなかった。

 

「へえ、そんなこともあるのか。あんまり聞いた事ねえけど」

 

 老人は興味なさそうに適当に頷いた。

 黙っているタンノに、老人は冗談っぽく付け加える。

 

「その死んだ友人っていうの、ほんとに死んだの?」

 

 あごの髭を確かめるみたいに触って、老人は鼻で笑った。

 

「そいつ、本当はまだ生きてるんじゃないの?」

 

 

 

 

(続)