2013.11.28
書く場所を求めて(後篇)
(前回までのあらすじ)
文章を書くための理想の場所を探していたけど、何も、何一つも見つからない。
きっとそんな都合の良い場所など、どこにも存在しないのだ。
そんな絶望の中で、まだ、何かが息づいていた。
そして気が付いたときにはもう、わたしはモノレールに揺られていた。
体はすでに、次の場所を目指していたのだ ──────。
禁断のハイソサイエティシティ府中から弾き出されるように京王線に乗り、高幡不動で乗り換えて多摩モノレールに乗った。
最後の望み、近所の大学の図書館だ。
中央大学と明星大学に降りるための駅がある。
その名も「中央大学・明星大学」駅。
わたしが当時通っていた大学では、図書館には誰でも入れた記憶があった。
今はどうかわからない。
しかし、別の大学では学生証が必要なところもあった。
わたしはその二托にかけた。
するりと入って、学生に紛れてひっそりと椅子に座り、佇み、文章を書くのだ。
そんなイメージを描きながら、中央大学の構内を歩いていた。
明星大学ではなく中央大学を選んだのは、中央大学のほうが敷地が大きかったからだ。
大きい大学だったら、きっと図書館も立派にちがいない。
やすらげるスペースが必ずあるはずだ。
しかし、立派だと同時に侵入が難しくなる。
難しいというか、おそらく無理だ。
行ってみなければわからない、というわけではないが、行ってみればわかる。
広い構内をてくてくと疲れた足で歩く。
地図がわからずグーグルマップに頼ることになる。
建物の位置は描かれてなかったが、中央図書館総務課、みたいな地名が表示されている。
これだ、これを目指すのだ。
さらにてくてく歩く。
ここだ、中央図書館。
さあどうだ、学生証が必要ならば、入り口に駅の改札みたいなゲートがあるはずだ。
一歩一歩ゆっくりと、恐る恐る近づいていく。
しかし、わたしの目に入ってきたのはゲートよりも先に、何かを一生懸命探す学生の姿だった。
それはまさしく、入るために必要な学生証を必死で探している姿だった。
なんかコノヤロウ。
彼は何も悪くないのだが、心からそう思った。
そして歩を進めると、ゲートがしっかりと見えてきた。
だよねだよね、もう最近の大学とかもうそうだよね、だよねー。
などと思いながら、わたしは方向を変えてさらに構内を進んだ。
もう、止まれなかった。
何かを見つけなければ帰れない。
このままでは誰も幸せになれない。
外から座れそうなスペースが見えたので、建物の中に入る。
ヒルトップ、という名の学食だった。
三階建てで、二階は閉まっていたが、一階と三階は営業していた。
わたしはどこまでも足を止めることができず、三階の学食スペースの奥の方で、ようやく腰を下ろした。
時間帯のせいか、人は少なく落ち着いていて、窓も大きくて景色も良かった。
もう、ここでいいのではないだろうか。
そう思った。
少し騒がしいけど、文章が書けないこともない。
お金もかからないし、ちゃんと空調もきいている。
早速作業をしようじゃないか。
そう思いながらも、椅子に座ったまま微動だにしなかった。
外の紅葉を眺めながら、いい季節だな、と思っていた。
ぽつぽつといる学生と外の景色を交互に眺めていた。
ふと、隣にある明星大学を思い出した。
でもきっと、そこの図書館にもゲートがあって入れないのだろう。
でも、一応、来たついでにちょっと歩いてみよう。
その前に、一応、図書館について調べてからにしよう。
すべての行動が、一応、だった。
その未来に、望みや願いはもう、ほとんど残っていなかった。
わたしは手に入れたばかりのスマートフォンで、明星大学の図書館について調べた。
なんだか、新装したらしく、設備がとても充実しているとのことだった。
絶望的だった。
古い図書館ならまだ、望みがあったのだけど。
そんなことを思いながらページを読み進めていく。
そこに、地獄に垂らされた蜘蛛の糸みたいな文字を見つける。
「外部利用について」
「ファッ!?」
「明星大学の近隣にお住まいの18歳以上の方でしたらどなたでも利用できます」
わたしは脱いでいたコートを羽織り、帽子をかぶってお隣の大学を目指した。
まだ、安心はできない。
何か罠があるはずだ。
利用時間が制限されていたりとか、曜日が限定されていたりとか。
学生と同等に使えるということはまずないだろう。
でも、行ってみる価値はある。
どちらにしろ、時間的にも体力的にも気力的にも、これで最後だ。
もう、行くしかない。
そうやって、明星大学の構内を進んでいった。
中央大学とは少し雰囲気が違い、坂が多く、インフォメーションもわかりづらく、迷いながら歩いた。
山の上に立っている、という感じで、図書館のある校舎は一番上のあたりだった。
ここだ、そう思いながら、図書館のあるフロアに入る。
すると、そこから見えたのはこじんまりとした本の棚と、騒がしく会議をする学生の群だった。
ハズレだ、こんなところで文章が書けるわけがない。
そう思いながらも、受付の人に、外部利用について尋ねた後、見学を申し出た。
こじんまりと見える奥に、まだ空間があった。
とにかく見てみよう、一通りみたら帰ろう。
ゲートを開けてもらい、奥へと進んでいく。
入り口からは見えなかったが、そこには落ち着いた空間が広がっていた。
それでも、やはり図書館というには狭すぎた。
席の数も数える程度しかない。
まあまあだけど、わざわざ足を運んでくるほどではない。
そう思いながら見回していると、低い本棚の陰に、下に行く階段を見つけた。
吸い寄せられるように、一歩ずつ下りていく。
徐々に露になっていく空間を目の当たりにして、これは、と思った。
階段を下りて、わたしは立ち尽くした。
そこには理想通りの場所が広がっていたのだ。
照明もぼんやりとやわらかいオレンジで、床はやわらかい絨毯のようなマットが敷かれていて、一つ一つの机も大きく、一人分の使うスペースがとても広く設けられていた。
また、個別の読書灯などもあり、一目見ただけで充実しているのがわかった。
机によっては個々に電源やLANケーブルの差し込み口などもある。
話し声も一切耳に触れる事なく、衣擦れの音が響いてきそうなくらいに、心地良い静寂が空間を支配している。
ここだ、と思った。
こういうところが良かったんだよ!
理想に描いていた環境が目の前に現れたことで、わたしの心は急に元気になった。
いままで散々歩き疲れてきたのは、きっとこの場所に出会うためだったのだ。
報われた、と思った。
今までの人生の中で、報われたと思うことなど、多分、ひとつもなかったはずだ。
しかし、今日この日、わたしはそれを実感した。
報われたのだ。
寝ている学生を横目に素敵な気分で徘徊していると、わたしはさらに素晴らしい光景を目の当たりにすることになる。
そこにはさらにもう一つ下の階があり、今いるフロアよりも一層大きく、天井が吹き抜けになっていて高く広々としていて、人が少なく、より静かで、もう、理想以上の場所だった。
えっほんとうにココほんとうに使っていいのコレほうとうにコレほんとソレ。
喜びの舞を心の中で踊りながら、そのフロアを歩き回った。
なんと素敵な、なんと素晴らしい場所なのだろう!
契約だ!
はやく契約!
契約!
焦る気持ちを抑えつつ、足早に受付に戻る。
「いかがでしたでしょうか?」
「気に入った」
そして、申し込みをした後、そのままそこで、この文章を書いています。
平日は午前八時半〜午後9時までいつでも使えて、それで入会費500円、年会費500円。
これです。
これでした。
そんな場所を、見つけてしまいました。
今でも、信じられません。
これから、まだほんとうにここで集中できるかわからないけど、とりあえず、この文章を何も揺らぐことなく書けたのが、一つ、確かなことになっているはずです。
あまりにも感動しすぎて文体かわっちゃいましたけど。
そんな場所を見つけました。
みなさんも、もやもやしたら、いろんな場所に足を運んでみてください。
何かが見つかるかも知れません。
それでは!
(完)ω`)ノシ